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鹿児島地方裁判所 昭和55年(ワ)230号 判決

原告

前原道子

被告

長濱広幸

ほか四名

主文

1  被告長濱広幸及び被告松野下慶子は原告に対し、各自八八〇万円及びこれに対する、

(一)  被告長濱広幸は昭和五五年五月二四日から、

(二)  被告松野下慶子は同年同月二五日から、

各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の右被告両名に対するその余の請求及びその余の被告三名に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用中、原告と被告長濱広幸及び被告松野下慶子の間においては、原告に生じた費用の五分の一を右被告両名の、右被告両名に生じた費用の各二分の一を原告の、その余を各自の負担とし、原告とその余の被告三名の間においては全部原告の負担とする。

4  本判決は1項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める判決

一  原告

1  被告らは原告に対し、各自金一七六一万九六二八円及びこれに対する、

(一) 被告広幸、同哲夫、同カズ子(以下、被告らについては姓を省略することとする)は昭和五五年五月二四日から、

(二) 同慶子は同年同月二五日から、

(三) 同照男は同年六月一日から、

各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  右1項につき仮執行宣言。

二  被告ら

1  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

原告は昭和五四年二月二六日午前一一時五五分ころ、鹿児島市和田町一一四九番地五付近道路(国道二二五号線。以下「本件国道」という)を「ヤマハオートバイ」前から「玉林タクシー」の方へ横断中、折から同道路を鹿児島市方面から指宿市方面へ向け進行してきた被告慶子運転の普通乗用自動車(以下「加害車」という)の前部にはね飛ばされた。

2  原告の負傷

右事故により原告は入院一四〇日(同日から同年七月一五日まで)、通院二三九日(同年同月一六日から昭和五五年三月一〇日まで。実日数一四二日)を要する左肩関節脱臼骨折、両膝内障、両腓骨骨頭骨折及び靱帯損傷、全身打撲症、頭部外傷等の傷害を負つた。

3  後遺症

右事故による原告の後遺症は次のとおりであつて、自動車損害賠償保障及び労働災害保障の関係で九級と認定された。

(一) 自覚症状

(1) 左肩関節痛と運動制限

(2) 左肘関節の軽度の運動制限

(3) 両膝関節痛と運動制限による歩行障害

(二) 他覚症状

(1) 左肩関節の運動痛と拘縮

(2) 左肘関節の軽度の拘縮

(3) 右膝関節の拘縮と内側への動揺及び引出症状

(4) 左膝関節の拘縮と外側への動揺

(5) 両膝共、運動痛と不安定のため支柱付サポーターを使用して歩行

(三) 機能障害

(1) 右肩関節

a 前方挙上 自動一七〇度

b 後方挙上 自動七〇度

c 側方挙上 自動一六〇度

d 外施 自動四五度

(2) 左肩関節

a 前方挙上 自働一二〇度 他働一二〇度

b 後方挙上 自働四五度 他働四五度

c 側方挙上 自働九〇度 他働九〇度

d 外施 自働マイナス一〇度 他働マイナス一〇度

(3) 右肘関節

a 屈曲 自働二〇度

b 伸展 自働一八〇度

(4) 左肘関節

a 屈曲 自働三〇度 他働三〇度

b 伸展 自働一七五度 他働一七五度

(5) 左右両膝

a 屈曲 自働六五度 他働六五度

b 伸展 自働一八〇度 他働一八〇度

4  被告広幸の責任原因

同被告は加害車の保有者であつて、本件事故時に加害車に同乗していた。

5  被告哲夫及び同カズ子の責任原因

右被告両名は被告広幸の実父母であつて、本件事故前、未成年であつた被告広幸に加害車を買い与えた。

このような場合、親としては未成年の子が自動車を他の運転に未熟な未成年者に運転させたりして人身事故を起さないよう安全運転について指導監督すべき注意義務があるのにかかわらず、被告哲夫及び同カズ子がこれを怠つたため、本件事故が発生した。

6  被告慶子の責任原因

同被告は道路を横断中の歩行者の動静に十分留意し、適宜減速して自動車を運転すべき注意義務があるのにかかわらず、これを怠り、漫然と従来の速度を維持したまま進行したため、本件事故が発生した。

7  被告照男の責任原因

同被告は本件事故当時、未成年ながら自動車運転免許を有していた被告慶子の実父である。

このような場合、親としては未成年の子が運転に不慣れな他人の自動車を借用して人身事故を起こさないよう安全運転について指導監督すべき注意義務があるのにかかわらず、これを怠つたため、本件事故が発生した。

8  損害

(一) 積極損害 合計一五九万三七八七円

本件事故により原告は次のとおり出費を余儀なくされ、これと同額の損害を蒙つた。

a 入院治療費中、患者負担部分(鹿児島市立病院) 六一万九六九一円

b 両膝装具代 一万七八〇〇円

c 通院治療費中、患者負担部分 一一万一八四〇円

d 薬代(打身奇効散) 三万〇〇〇〇円

e 腰掛便器代 八八〇〇円

f 入院中の家族の交通費(ガソリン代) 八万五八九六円

g 通院中の原告の交通費(タクシー代) 一〇万四六〇〇円

h 入院中の付添婦の交通費 一九〇〇円

i 入院中の雑費 八万四〇〇〇円

ただし一日当たり六〇〇円に入院期間一四〇日を乗じたもの。

j 付添費(手数料込み) 五二万九二六〇円

(二) 逸失利益 合計 一五三一万八一五九円

a 休業損害 一四三万七八七九円

原告は化粧品外交販売員として昭和五三年には年収二四八万七三二七円を得ていた。しかるところ前記入院期間(一四〇日)中にはその日割相当額を、また前記通院(実日数一四二日)中にはその日割相当額の半額を失つた。

右の計算式は次のとおりである

〈省略〉

b 労働能力喪失による損害 一三八八万〇二八〇円

原告の労働能力は前記後遺症により三五パーセント喪失した。提訴時、原告は四二歳であり、その後二五年間にわたり就労可能であるから、前記の年収(二四八万七三二七円)に右喪失率と二五年のホフマン係数一五・九四四とを乗じて得られる右金額(昭和五五年三月上旬現在)を喪失した。

(三) 慰藉料 合計 五七〇万〇〇〇〇円

a 入通院による慰藉料 一七〇万〇〇〇〇円

b 後遺症による慰藉料 四〇〇万〇〇〇〇円

(四) 損害の填補 合計 六四九万二三一八円

a 自動車損害賠償責任保険金(住友海上火災保険株式会社) 四〇万〇〇〇〇円

b 後遺症に関する右保険金(同右) 五二二万〇〇〇〇円

c 被告広幸よりの弁済 八七万二三一八円

(五) 弁護士費用 一五〇万〇〇〇〇円

9  結語

よつて原告は被告らに対し、前記の責任原因により、不真正連帯債務として、前項の(一)ないし(三)、(五)の損害額合計二四一一万一九四六円から(四)の填補額合計六四九万二三一八円を控除した額一七六一万九六二八円を支払うよう求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2、3の各事実は不知。

3  同4の事実は認める。

4  同5のうち前段の事実は認め、後段は争う。

5  同6は争う。

被告慶子は加害車を運転して時速四〇キロメートルで事故現場付近に差しかかつた際、進路前方左側より本件国道に斜めに交差する道路から右折進入してきた軽トラツクを認め、時速三七ないし三八キロメートルに減速した。加害車が同軽トラツクと離合した瞬間、原告がその後方より突然現われたため、急ブレーキをかけるも間に合わず、本件事故に至つたもので、同被告に過失はない。

6  同7のうち前段の事実は認め、後段は争う。

7  同8のうち(四)の事実は認め、その余の事実は不知。

8  同9は争う。

三  抗弁

1  弁済

請求原因8(四)の外に、更に住友海上火災保険株式会社より治療費に関する自動車損害賠償責任保険金一九万一九八七円が原告に支払われた。

2  過失相殺

本件事故現場は交通量が多く、約三〇メートル指宿市寄りには信号及び横断歩道橋が設置されているのであるから、原告は右歩道橋を利用すべきであり、仮にこれを利用しないのであれば車両の通行に注意すべきであるのにこれを怠り、自己の目前を軽トラツクが通過した直後、加害車の側の車線の安全を確認しないまま横断しようとした過失がある。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち支払の相手方が原告であることは否認し、その余の事実は認める。右の相手方は国民健康保険組合である。

2  同2は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1(事故の発生)について

右事実は当事者間に争いがない。

二  同2(原告の負傷)、3(後遺症)について

右事実は成立に争いのない甲第二号証の一ないし六、原本の存在及び成立に争いのない甲第八号証、並びに原告本人尋問の結果により認められる

三  同4(被告広幸の責任原因)について

右事実は当事者間に争いがない。

右事実によれば、被告広幸は運行供用者として原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

四  同5(被告哲夫及び同カズ子の責任原因)について

同5前段の事実は当事者間に争いがない。

被告広幸及び同カズ子各本人尋問の結果によれば、被告哲夫は漁船員で不在勝ちであること、本件事故当時、被告広幸は高校三年生であり、就職に便利なことから昭和五三年九月下旬に自動車運転免許を取得し、同年一〇月に加害車を入手したこと、被告カズ子は日頃、被告広幸にスピードを出さず、事故を起こさぬよう注意していたこと、以上の事実が認められる。

ところで未成年者が高校三年生程度の年齢に達しており、日頃特段に加害の危険性が窺われない場合において、親権者としては通常の注意を未成年者に与えるを以つて足りると解すべきである。自動車の運転には確かに加害の危険がある程度存在するが、文明社会においては許容されている事柄である。本件において被告広幸が本件事故前に粗暴な運転等をしていたとの証拠はないから、右に認定した被告カズ子の同広幸に対してなした注意は通常要求される程度を下回らなかつたと判断される。また仮に被告哲夫及び同カズ子に注意義務懈怠があつたとしても、本件事故との間の相当因果関係を認むべき証拠はない。

よつて原告の被告哲夫及び同カズ子に対する請求は、その余の争点につき判断するまでもなく、理由がない。

五  同6(被告慶子の責任原因)について

成立に争いのない甲第一五、一六号証の各一、二、第一七号証、第二一号証、証人森三洋の証言、被告慶子本人尋問の結果によれば、本件事故当時、事故現場はコンクリート舗装され、平坦で乾燥した幅員五・六メートルの直線で見通しのよい国道であること、被告慶子の運転する加害車の助手席に同乗していた友人の森三洋は本件事故現場の約八三・九メートル手前で原告が進路前方右側歩道上から左側道路上へ横断するため出て来たのを認め、更に約四七・七メートル手前で原告が歩道に戻つたのを認めたこと、そのころ進路前方左側より本件国道に斜めに交差する道路から軽トラツクが右折進入してきて加害車とすれ違つたこと、同被告はその際、約一七・二メートル前方の本件国道の中心線から約〇・七メートル右方に原告がいるのに気付きながら、時速約四〇キロメートルで走行させていた加害車を減速させることなく進行したため本件事故に至り、加害車は原告との衝突地点から約一七メートル先で停止するに至つたこと、以上の事実が認められる。

右事実によれば、被告慶子は進路前方を横断中の原告の動静に充分留意せず、かつ減速することなく進行した過失があり、右過失と本件事故とは相当因果関係があると認められる。

よつて同被告は不法行為責任に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

六  同7(被告照男の責任原因について)

同7前段の事実は当事者間に争いがない。

被告慶子本人尋問の結果によれば、被告慶子は本件事故当時、高校三年生であつて、祖母と二人で暮していたこと、被告照男は仕事の都合で被告慶子とは半年に一度会う程度であつたが、手紙や電話等で同被告にスピードを出さず、事故を起こさぬよう注意していたこと、以上の事実が認められる。

しかして右被告照男の同慶子に対してなした注意についても、先に被告哲夫及び同カズ子について判示したのと同様の理由により、通常要求される程度を下回らなかつたと判断される。仮に被告照男に注意義務懈怠があつたとしても本件事故との間の相当因果関係を認むべき証拠はない。

よつて原告の被告照男に対する請求は、その余の争点につき判断するまでもなく、理由がない。

七  同8(損害)について

1  積極損害

成立に争いのない甲第三号証の一ないし五、第四号証の一ないし一〇、第五号証の一ないし一四、第六号証の一ないし六、証人前原實の証言、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、原告がその主張する積極損害すべてにつき現実に出捐ないし債務負担をしたこと、及びこれと本件事故との間に相当因果関係のあること(ただし請求原因8(一)fの家族の交通費については、その半額の四万二九四八円を以つて相当因果関係の範囲内にあると解する)、以上の事実が認められる。

そうすると本件事故との間に相当因果関係の認められる積極損害の合計額は一五五万〇八三九円となる。

2  休業損害

先に二で認定した事実、原本の存在及び成立に争いのない甲第七号証の二、並びに原告本人尋問の結果によれば、原告が化粧品外交販売員として昭和五三年には年収二四八万七三二七円を得ていたこと、しかし外交に用いる車のガソリン代は自己負担のため五日に一回の割で一回一七〇〇円ないし一八〇〇円を支払い(一か月に五回右の平均額一七五〇円を支払うものとすると、一年間で一〇万五〇〇〇円となる)、また販売促進のための景品代も自己負担のため一か月に約一万円を支出していたことにより(一年間で一二万円となる)、原告の昭和五三年における純益は約二二六万二三二七円であること、原告の本件事故による入院期間が一四〇日、通院実日数が一四二日であること、以上の事実が認められる。

右の事実によれば、原告の本件事故による休業損害の額は次の計算式により、一三〇万七八一一円と認められる。

〈省略〉

3  労働能力喪失による損害

先に二、七の2で認定した事実、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告の労働能力が本件事故により三五パーセント喪失したこと、提訴時に原告は四二歳であり、その後二五年間は就労可能であること、原告の昭和五三年における純益が約二二六万二三二七円であること、以上の事実が認められる。

右の事実により、二五年の新ホフマン係数一五・九四四を用いれば、原告の昭和五五年三月上旬現在の労働能力喪失による損害額は次の計算式により、一二六二万四六八九円と認められる。

2,262,327(円)×0.35×15.944=12,624,689(円)

4  慰藉料

先に認定した原告の本件事故による入通院期間、傷害の態様、後遺症及びこれらから推認される原告の生活上の不自由を総合考慮すれば、慰藉料の額は五〇〇万円を以つて相当とする(但し過失相殺については後に考慮することとする)。

5  損害の填補

請求原因8の(四)のとおり、原告の損害に対し合計六四九万二三一八円が填補されたことは当事者間に争いがない。

八  抗弁1(弁済)について

同抗弁のうち住友海上火災保険株式会社より原告の治療費に関する自動車損害賠償責任保険金一九万一九八七円の支払がなされたことは当事者間に争いないが、右支払が原告に対しなされたとの点、或いは患者(原告)負担部分についてなされたものであることについては何らの証拠もないから、右の抗弁は理由がない(なお前記甲第四号証の一ないし三によれば、原告が国民健康保険に加入しており、本訴の対象外である、診療費の七割の部分がこれによりまかなわれているものと認められる)。

九  抗弁2(過失相殺)について

先に五で認定した事実、前記甲第一五、一六号証の各一、二、第一七号証、第二一号証、証人森三洋の証言、被告広幸、同慶子各本人尋問の結果によれば、本件国道は車道部分の幅員こそ五・六メートルと狭いが、鹿児島市と指宿市との間を結ぶ幹線道路として日常、交通量が多いこと、本件事故現場より指宿市方面に約三五メートルの地点に横断歩道橋、同約四〇メートルの地点に横断歩道がそれぞれ設置されていること、原告は本件事故の際、軽トラック通過直後に左右の交通に注意せず、小走りに加害車側の車線を横断しようとしたこと、以上の事実が認められる。

右の事実に照らせば、原告の前記七の1ないし4の損害合計二〇四八万三三三九円から同5の填補額六四九万二三一八円を控除して得られる額一三九九万一〇二一円のうち八〇〇万円(約四三パーセント弱の過失相殺)を以つて被告広幸、同慶子の負担すべき損害額(弁護士費用を除く)とするのが相当である。

一〇  弁護士費用

原告が本訴追行について弁護士に委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、前項の認容額に鑑み、八〇万円を以つて本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の額とするのが相当である。

一一  結論

よつて原告の本訴請求は、被告広幸、同慶子に対する部分のうち合計八八〇万円及びこれに対する本件訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな、被告広幸は昭和五五年五月二四日から、被告慶子は同年同月二五日から、各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各自払(不真正連帯債務)を求める限度で理由があり、同被告らに対するその余の請求部分及びその余の被告らに対する請求はいずれも理由がないので、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 太田幸夫)

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